2011年8月26日金曜日

歴史的課題


世界が持っている普遍的な感情や欲求
この盲目的で混とんとした感性的実質を
理性の助けを借りて直観的に把握せんとする模索的努力
感性の世界にうごめいている真実に自覚的なけいしきをあたえ
実現された真実として感性の中に確立すること
是が感性論哲学における歴史的課題である

歴史的課題

2011年6月30日木曜日

感性の本質

感性が生命体に置いて動きそのものであり

同時に生命体の持つ時間制そのものであったと同様

感性は一般的に言って動きそのものであり時間なのである

すなわち感性の本質は

持続性なのである

2011年6月23日木曜日

恋は偶然 愛は芸術



生物学的

自己保存

種族保存

2011年6月16日木曜日

意識の変革

哲学に置いて意識の変革が実践に先立つのである

現存する古い思想や現存する意識を根底にした単なるアレンジで

目先的な変化を幾ら意図しても 

世の中は変革されない

意識の変革 世界の根源的な革命は

まったく新しい意味の創造と根元的な世界解釈の変革が

原理に置いてなされない限り不可能である

2011年6月9日木曜日

真理よりも真実を

真実とは人間的な心理のことであり

人間に置いて「真」に[実]を与えるものは

今日まで理性の哲学や科学に置いて無用のものとして

切り捨てられ捨象されつずけてきた感性的資料

重みのある感性的実質に他ならないということである

深い悲しみの持つ重み歓喜に宿る抑えがたき熱情

これこそ偽りのない人間的な真実の核心をなすものである

2011年6月2日木曜日

善意

善意悪意という主観的な意図は
それのみでは善なる行為をしたことにならなければ
悪い行為をしたことににもならないのである
行為に置いて初めて善意が善なる行為となったのが分かるのである

すなわち行為とは一つの実験である

意志においては盲目的な真実の世界である感性と
真理の世界である理性は統一されてはいるが

事実の世界はまだ他者として」現実的には切り離されており
真に自覚された真実の世界としての直観は実現されていないのである

行為という現象を通して初めて
真実の世界は感性に置いて事実の世界を統一し
客観性としての自覚を獲得するのである

2011年5月29日日曜日

感性論哲学

感性論哲学は理性の真理性や外界の事実性と共に
感性の持つ真実性を重視しこの三つのエレメントの有機的連関
に基ずく協労によって
感性的実質の中に覆われている真実の世界を
感性という領域の中で権限しようとする哲学である

そして真実の世界の中核をなす感性を展開する事によって
世界と人間の生きた本質に迫らんとする
哲学なのである

真理より真実を

2011年5月26日木曜日

求感性

感性は意識的に感じようとしているのではなく

むしろ感性そのものがすでに無意識的に感じる作用そのものなのである

感性は無意識的にも感じる主体であり

感性的意識は帰ってその感じる本性が現象的に作用した結果なのである

感性は本質的に感じる存在として

無意識的に能動的な性格を持つのである(求感性)

2011年5月25日水曜日

愛と 意志

意志は自己中心的であるが愛は社会的である

そして愛するという行為は他者中心的である

この自己中心的な意志と他者中心的な愛が

感性に置いて統一されることによって「自重互敬」

という人間性の真実が実現されるのである

愛と意思

2011年5月24日火曜日

普遍妥当性

思惟の結果が真に普遍妥当性を主張しえるものとなるためには

直観によって外化され客観的なるものとして

感性的自明性を獲得しなければならない

感性における真理性と事実性の統一としての真実性に置いて

自明的なるものとして直観されない限りは

真理は主観性にとどまるのである

2011年5月23日月曜日

価値あるもの

意味や価値を感じてこそ人生

燃えてこそ人生

燃えるのは感性です

愛も幸福も生きがいも

考えるものではなく

感じるものです

理屈を超えたものです

愛 幸せ 生きがいのように

「価値あるもの」は

すべて考えるもので3はなく

感じるものなのです

2011年5月21日土曜日

認識

事実の世界から切り離された頭の認識ではなく

事実の世界とも真理の世界とも直接的につながった

血の通った認識が大切である

頭の行政ではなく

血の通った行政が大切なのである

2011年5月20日金曜日

感性 

私が感性と呼ぶものは
現象的な感覚や
表象や感情なのではなく
これらのものとして現象する所の

「感じ観じる本性、主体」としての
本質である感性のことである

本体としての感性である

2011年5月18日水曜日

常識

一般に我々は常識で考えている

現代哲学の使命は

現代の常識に対する徹底的懐疑である

現代えの哲学的反逆が輝ける

未来建設の原理を

想像するのである

2011年5月17日火曜日

理性

理性は感性による神経系の発展のプロセスの一段階として
感性の合理作用 統一作用 平衡作用と言う作用的本質が
恒常的形式として
抽象されたものである

2011年5月16日月曜日

根源的統一

アウフヘーベンは対立する双方の否定的な力を媒介にした
現実否定的な意味を持つ統一であるが

感性論哲学における根源的統一は
相対する存在を相互否定的な関係としては把握しない

あらゆる存在は存在絵の必然の上に立って存在しており
相互に補足的な個性的存在として
ぜんたいをゆうきてきにこうせいすべきものであると
考えるのである

それゆえにあらゆる存在はその有機的存在絵の必然性
を支える共通の根を持つことになり
根源的にすでに統一されて体系性を持って
存在しているということができるのである

この根源的統一としての現実把握が

感性論哲学における世界の学問的構造を
意味するものである

2011年5月14日土曜日

本物の愛

本物の愛とは

考え方の違う人間と共に生きていく力です

経験も考え方も生き方も習慣も違う人と
共に生きていく力が

本物の愛の実力です
違いを理由に対立したり説得するのではなく
相手の考え方のいいところを見つけて取り込んでいく
そして自分の考え方を成長させていく
違うからお互い成長できる

大切なことは
相手の勝つ能力よりも融合 統合する能力
勝つことではない

統合する事
統合とは 協力 共生 協力して共に生きていくことに
力を発揮できる人が
本物の愛の実力を持った人です

2011年5月11日水曜日

意志と愛

人生は意志と愛のドラマである


意志なき愛は人間を堕落させる

愛なき意志は人を傷つけることなしには

その目的を達成する事はできない

2011年5月9日月曜日

常識

常識で考える

常識を考える



ロックンロールとか ジャンル分けとか 
普遍 妥当性 とか

2011年5月6日金曜日

感性

私が考えているときには私は思惟である

私が花の美しさに気持ちを奪われているときには

私は花である

感性はその関心の中に

自我を投入するのである

2011年5月4日水曜日

感性

感性とは

宇宙の本質

生命の本質

自己の本質

「父母 未生 以前の 自己とは」

「赤白 の一滴 以前の 自己とは」

2011年5月1日日曜日

「理性 」の使い方

理性は認識と判断の能力であって、

実践の能力ではない

行為する主体は感性であり

「私」である

感性の声を聞き理性を使う

感性と理性は 平衡 バランスではなく

感性が感じたことが

先なのである

四季

2011年4月30日土曜日

「真理よりも真実を」

事実の世界が持つ質量の重みが
感性によって媒介されることにより
「真」に[実」があたえられ
「真理」が「真実」に消化されたのであるということができる

2011年4月29日金曜日

感性論哲学

考え方ではなく

感じ方が

人間を決定する

2011年4月28日木曜日

感性論哲学


感性論哲学

吉村思風 先生

2011年4月27日水曜日

http://masahito1.jugem.jp/